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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)3000号 判決

控訴人(被告)

盛郷連広

代理人

福井忠孝

被控訴人(原告)

青木親治

代理人

中村源造

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審を通じ全部被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、認否並に証拠の援用、認否は左記の外は、原判決事実摘示に記載の通りであるから茲に之を引用する。

一、被控訴人の主張

(1)  本件公正証書に記載されている元金は一九五万円、利率年一割五分、期日後の損害金は日歩八銭二厘である。(2)昭和二九年四月二一日被控訴人が福沢のため連帯保証をした元金九五万円についての利率、損害金も(1)記載の約定であつた。(3)被控訴人は右(2)の範囲に限り公正証書の作成を福沢に委任した。従つて本件公正証書は右(2)の元金九五万円及び之に対する利息及損害金についてのみ有効である。(4)而も被控訴人は昭和二九年九月三日に福沢久作、関口健太郎の両名を代理人として控訴人に対し右九五万円及び之に対する同日迄の利息を支払つたから之に因り被控訴人に対する債務名義は消滅した。(5)公正証書に記載される債務者の執行認諾の意思表示は公証人に対して為される訴訟行為であるから、私人間の取引の相手方の保護を目的とする民法第一一〇条の表見代理の規定の適用乃至準用はないのである。

二、控訴人の認否

昭和二九年九月三日被控訴人から控訴人に対し元金九五万円及之に対する同日迄の利息の支払われたことは認めるが、其余の主張事実は否認する。福沢久作が委任された公正証書作成の権限が九五万円の元金及び利息乃至損害金に限られていたことも否認する。

三、(証拠関係・省略)

理由

当裁判所は原告の請求を理由ありと認めるものであり、その理由は左記の附加、削除、訂正等を為す外、すべて原判決理由と同様であるから茲に之を引用する。

(一)  (省略)

(二)(1)  原判決書八枚目表三行目の「金一九五万円の借用金債務」の次に「及び之に対する利息乃至損害金」を挿入する。

(2)  原判決書八枚目表四行目の次に新たな行を起して左記の通り挿入する。

「しかして債務名義たるべき公正証書を作成するに際し、執行債務者となるべき者が為す所謂執行認諾の表示はそれ自体を抽象して考えれば受領を要しない、一方的な表示でありその性質は訴訟行為と解するのが通説であるから、代理人に於て全く債務名義たる公正証書作成の権限のない場合には、民法一一〇条の規定の適用乃至準用を否定すべきこと勿論であろう。しかし公証の目的となつた基本たる行為が代理権限の踰越に拘らず民法一一〇条の適用により全部有効となり、この全部につき当該代理人により執行認諾の表示があり而も右代理人の本来の代理権の及ぶ範囲の債務については当該代理人が債務名義たる公正証書の作成従つて執行認諾の権限を有する場合には、右執行認諾はその権限超過部分についても有効なものと解するを相当とする。蓋し公正証書による債務名義の作成を当事者の意思に委ね之により取引の確実と執行の迅速とを保証する制度を認めるのみならず右の公正証書の作成が代理人の嘱託によつて為されることをも認める以上、而も執行認諾の表示は実体法上の表示と密接に結合していることをも考えると、代理人による右の如き権限踰越のある場合、之を有効として本人にその不利益を帰せしめることは取引と社会正義の要請する所と謂うべきだからである。(若し反対に超過部分については執行力を生じないと結論するならば、それは執行認諾の法律上の概念乃至性質に拘泥し取引の安全を無視する結果となるであろう)。従つて本件債務名義は以上の認定と説示に照らし元金一九五万円及び之に対する利息及び損害金の全部につき被控訴人に対し執行力を有するものと謂うべきである。仍て果して被控訴人主張の免除による債務消滅があつたか否かに就いて検討する。」

(三)  (省略)

(四)  以上の通りであるから被控訴人の請求は結局全部正当として認容すべく、本件控訴は理由なしとして棄却を免れない。仍て民訴法九五条、八九条を適用して主文の通り判決した。(裁判長判事鈴木忠一 判事谷口茂栄 加藤隆司)

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